2007/12/22

プロジェクトが終わりました

今週の火曜日に最後の事業評価のための聞き取り調査を終え、無事にプロジェクトを終えることが出来ました。

終わってみると、まあほんとに駆け足のように流れていった一年半ばかりの年月。あっという間という表現がありますが、その「あ」と「と」のあいだのちいさい「っ」くらいの、本当に一瞬に過ぎ去ってしまったような気がします。

最初のころは、プロジェクト途中から仕事に合流したので、今まで何をしてきたか、というところから調べていかなくてはならず、その上毎度言ってることですが、英語で読んだり書いたりしなければならないので、とても時間がかかり、昼ご飯はいつも買ってきてもらって昼休み抜きで仕事、そして、夕方遅くまで(7-9,10時)残業、またまた土日出勤が続き、妻には「こんなんじゃ日本にいる時と一緒でしょ。タイに来たら仕事はのんびりできるっていってたのに・・・」といわれる日々。日本ではほぼ普通の仕事スタイルかもしれないが、いや、もっとハードな人たちもごまんといるとは思うが、ここはタイ。

最初の頃は、「ボロバイはまじめすぎる。もっともっと楽に楽しんで仕事しなきゃ。」とタイ人に言われ、同僚達が楽しそうに世間話をしながら過ごしているのを横目に、ひたすらなれない英語を使いつつパソコンと向き合っていた。別に好き好んでそうしてたわけじゃない。そうしないとぜんぜん仕事が片付かなかったから、ほんと余裕がなかった。この時期が一番つらかったなー。

この生活がずっと続いたら、たぶんからだ壊していたか、早々に辞めていたことだろうと思う。しかし、神様は哀れみ深い方なので、年を越したら仕事量が減って、ずいぶんと楽になり、仕事以外にも目を向けられる余裕が出てきた。

仕事中の私語はもちろんのこと、仕事中に昼の料理を作ったりもありののんびりした仕事、そして、残業もなく、夜は家族と過ごす時間がたっぷりある生活スタイルと、他人に親切にして相手が喜ぶことを喜びに感じる国民性。

あるタイ人が言ったこと。「日本に帰ったら給料高いけど、仕事仕事で大変だろ。ここは、給料はちょっとで、車はもてないけど、サバイサバーイで暮らせるよ。ボロバイもずっとタイで仕事してたらいいのに。」

日本だって昔はあったはずのそのようなすばらしさをいまだに持ち続けているここタイの国の豊かさに触れ、この国がさらに経済的に発展して、多くの先進国と呼ばれる国がたどった道をなぞることなく、今の豊かさを失うことのないように祈りたい。

私と関わったすべての人へ、ほんとうに今までありがとうございました。

今後はしばらくチェンマイにいて、次の就職先を探す予定でいます。タイ訪問の予定のある方はお早めに~。

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2007/12/13

TSPO ミーティングが終わりました

さる12月11,12日、チェンマイ市内の会議場を使って、TSPO(Thai Society of Prosthetists & Orhotists :- タイ義肢装具士協会)ミーティングが行われました。今までで通算4回めとなりますが、最初の二回はTSPO自体が予算をほんの少ししか持っていないのでスタッフのみの集会、昨年と今年は日本財団が支援したので、タイ全土の技術者に声をかけ、タイ人技術者142名、その他関係者数十名プラス財団のスタッフ40人あまりの総勢200人ほどの人が集まり、初日は各種の発表、そして二日目は今後実施予定の義肢装具士国家試験対策の模擬試験を実施しました。

Blogtspo

結果は、合格点を70パーセントとすると、合格率は約五割。60パーセントとすると、七割の人が合格ということになりました。

この模擬試験はかつて一度も行われたことのない、初めての試験でしたので、主催者側としてもだいぶ緊張しましたが、各試験の始めはとても静かで試験らしいのですが、終わり頃になると私語が目立ち、それを注意するように言うと、「マイペンライ、そんなに真剣に考えなくていいよ」と言われどうしていいか困ってしまいました。まあ、タイでは車の免許もお金で買えますから、国家試験のしかも模擬試験など、厳しくやれるはずないかぁ、とあっさりとあきらめました。あとでこのことはうちのトップのドクターにレポートしましたが・・・

それと、昨年は白のポロシャツ、今年は黄色または黒のナイロンジャケットを参加者に配りました。これは日本財団のマークを入れてドナーの団体をアピールするという目的もあります。

昨年は日本財団、義肢財団、そしてTSPOマークの三つを服のどこに入れるかで少々もめましたが、今年は私達がとやかく言わなかったこともあり、すんなりとそれぞれの位置が決まりました。

来年は日本財団の援助はなくなるので、はたしてTSPOミーティングは開催されるのでしょうか・・・

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メーソートのモバイルが終わりました

11/25から30までタク県のミャンマー国境の町メーソートでモバイルがありました。

チェンマイからは車で4-7時間(この3時間の開きは後で説明)なので23日の金曜日に出発、25日の日曜からスタートして30日の金曜の午前中に終わり、それからチェンマイに向けて出発しました。

ミャンマー国境ということもあり、タイ語の話せない患者が続出、もちろん通訳はおりましたが、タイ人技術者も私がタイ人の患者と話す以上に通じなくてつらそうでしたが、ことばが通じないくらいものともせず、たくましく義足を作っていました。患者数としては、前回同様少なめで140本程度。技術者は50人ほどでした。

今回は、モバイル時の移動についてお話します。

モバイルでは、大量の機材・資材をトラックで運びます。これは簡単にイメージがわくと思いますが、財団のスタッフは、そのトラックと他数台の車に分乗して移動します。

Mumaesottrack

一番快適なのが、寄付でもらった12人乗りのワゴン。これは、一人分ずつのシートがそれぞれ個別にリクライニングできるという優れもの。次がトヨタのハイラックスサーフ。

Mobilehiluxsurf_3

そしてトラックでしょうか。私はなぜか、ハイラックスの3列目に乗ることが多いです。体が他のメンバーに比べて細いからだと推測していますが、3列目に二人で座るのは正直言って「マイサバーイ(快適ではない)」でしたね。半分荷物になった気分です。

そして、驚くことに、開催地がどこであろうが、選択肢は一つ。この車での移動しかありません。

私の任期中一番遠かったのは、忘れもしない、マレーシアのペナン島。なんと、移動に片道3日がかりです。朝の6時から7時に財団出発、夜7時頃まで車の中で一日の移動距離はだいたい900キロくらいでしょうか。ペナン行きの三日目はさすがに移動はちょっとだけでしたが、帰り道もまた同じです。この三日の行程をハイラックスの3列目はほんときつかったなー。今ではいい思い出・・になるわけないでしょ、これに近いこと結局3回ほどしているからねー。ちなみに、座席が助手席やワゴン車だったらタイの道はとてもよくてそんなに疲れませんが。

さてさて、今回のモバイルの車の移動では珍事件が・・・

モバイルも終わり、昼ごはんも食べてさあ帰ろうか、という時のこと。12時待ち合わせということでホテルの駐車場に行くと、車がまだ来ていない。ワゴン車は既に来ていたので、荷物を載せ、人も乗って後は、○さんと×さんを待っていた。30分は待っただろうか。この二人は食事を別のところで済ませて、ホテルに帰ってきた。さあ出発、と思いきや、シャワーを浴びてからということでさらに待つことに。ここまでは想定内。だって彼らは財団ナンバー2,3あたりなんだから誰も何も言えない。そして、バンコクから寄付でもらってきたという4ドアピックアップ(下の写真)に私とその二人とドライバーが乗る予定で、ドライバーとともに、荷物を載せようと荷台を開けると(ちなみに、ピックアップなので普通は荷台だけだが半分くらいの車は樹脂製の屋根をつけワゴン車みたいにして使っている)なんと数匹のワタリガニが荷台を縦横無尽に散歩しているではないか!!しかもくさい!!

Blogpickupcar

後で聞くところによると、前の晩に安いので市場で買ってきたらしい。しかも荷台の床がえびを入れた発泡の箱からこぼれ出た水でびしょびしょ。これが臭いの原因らしい。

当然のことながら、一度積んであるものを全部出し、きれいに水洗いして、そして、かにさんたちは脱走できないように竹籠に移し、紐で縛って出られないようにして新聞紙敷いて私達のバッグを積んだ。一通り終わったら、もう一時をとうに回っていた。

程なくして、二人が何事もなかったように車に乗り込み移動開始。

タイ人のドライバーから一部始終を聞いたナンバー2は、いきなり怒り出し、昨晩市場に連れて行ってくれた財団のスタッフが悪いんだと、電話をかけ始めた。私はパッキングが悪くてこんなことになったんだと文句を言っているとばかり思っていたが、その後、それは誤解であることに気付かされることになる。どうやら、問題はかにさんが脱走したことや水がぶちまけられてくさかったことではなくて、そんなにくさくなっているんだからもう食べれないだろう、とドライバーに言われたことだったらしい。その相手に氷を取り替えればチェンマイまではもつ、といわれたらしく、今度は、氷を探す旅に出かけることになった。無事氷をゲットして店をスタートしたのは、2時半を回り、3時近くになった頃だった。

行きは、たらたら来たとはいえ、6-7時間かかっている。これでは、もう到着は9時過ぎるかな、と思ったのも束の間、途中に有名なところがあると寄り、その次は、メーソートからわずか30分ほど走ったところの、タクに行く途中の山道の市場で、野菜が安く買えるということで、一時間のブレーク。この時点で、もう私は覚悟を決めた。もう好きにしなはれ、と。

しかし、ここで神様の助け舟が・・私達のピックアップには先発隊のワゴン車のスタッフのバッグが積んである。

彼らは、私達より3時間近く前に出ているから、この調子で行ったら彼らは早く帰ったのにもかかわらず荷物のために、財団で待ってなくてはならない。そのことに気付いたらしく、その後は、トイレ休憩で数回止まっただけでチェンマイまでまっしぐら。

帰りの新車はとても性能が良くて、だいたい時速120キロくらいで飛ばすことが出来た。今までがナンだったの?と思うくらい飛ばしに飛ばして、夕飯もカットしてなんと、山の市場から4時間くらいでチェンマイ着。それでも7時を回っていたので、先発隊はとうに到着しており、ほとんどがもう家に帰ってしまった模様。

私は予想外の展開にただただ神様に感謝。

しかし、惜しむらくは、かにさんの写真を撮り損ねたところ。皆さんに見せられないのがほんと残念です。

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2007/11/03

側弯症のセミナーが終わりました

10/29から11/2まで義肢財団で今年最後の、いや、この5年プロジェクトの最後を締めくくる側弯症のセミナーがありました。

Scoliosis07blog

昨年に引き続き、二回目ですし、担当がプロジェクトリーダーのKさんなので、もう安心して一週間過ごすことができました。

昨年も書きましたが、スケジュールの都合上、時間的には4日でできるものを5日にしているため、時間にとてつもなく余裕があり、だらだら、いや、のんびりとセミナーをすることが出来ました。このペース、私にとってはかったるく、日本的にはこんなに時間が余るんだったら工夫して4日ですませばいいのにと、苦情が出るところですが、ところがどっこい、ここはタイ。

みんな苦情を言うどころか、早くホテルに帰ってチェンマイナイトライフを楽しめて最高のセミナーだったようです。

hanaの友達のタイ人が言うところによると、タイ人は仕事は楽しくなければだめなんだそうで、日本人みたいに夜遅く土日も出て働くというのは、ぜんぜん良くないのだそうです。楽で楽しくないとだめ。そういえば、市場や小売の店はもちろんのこと、そこそこちゃんとしたオフィスでも、相当暇そうに仕事してる、というか、ぼーっとしてますよね。タイで忙しそうだなー、と感じたのは、ショッピングセンターに入っている銀行の窓口くらい。

と書き込んでいるうちにhanaが一言。「それでもタイ人はそれであまりいいものが出来ないんだって言ってる人もいるらしいよ。」

はたから見るとそこそこ国としてやっていけてるんだからいいなあと思うんですが・・・

今回は、いつもやっている毎日の小テストの成績がかんばしくなく、というか一部の人の成績がさっぱり伸びず、それが残念でしたが、物はそこそこ作れていたのでまあ大丈夫かな、と思っています。

セミナー中、コブ角の測定といってX線に線を引いて、背骨の曲がり具合を作図で計る練習がありました。前回もそうでしたが、ここで、タイ人技術者が定規や分度器を使い慣れていないことを知りました。分度器などは、計り方によって30度になったり60度、120度になったりするわけですが、それを平気で間違えます。さらに、このコブ角の測定では中学校あたりで習う幾何学の知識も必要で、また逆にその説明がわからなくて、勘違い続出でした。物を作らせたらそこそこの技術者たちもお勉強は苦手なんですよね。

木曜日には今回のセミナーがプロジェクトを通して最後、ということで、財団の新しくできた住居エリアで宴会となりました。場所は広いのですが、街灯が少ししかなく、手元が良く見えない「闇鍋」状態でしたが、最後は定番のカラオケ大会となり、終わりました。

赴任当初は、一ヶ月の期間で、他の仕事をこなしながら、セミナーの準備をしなくてはならず、特に、まったく始めてのセミナーは資料がまったくないので一から作らなければならず、大変な労力です。何もかもが初めてで余計に時間がかかり、それに加えて英訳の作業が入るので遅々としてすすまず、苦労しましたが、こうして終わってみると、やり終えた充実感でいっぱいです。

まだ、ちょっとだけ仕事が残っていますが、残る2ヶ月ほどの間私もタイ人に見習い、楽しみながら仕事をしていきたいと思います。

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2007/09/24

前腕義手セミナーが終わりました

  先週9/17月曜から21金曜まで前腕義手プラス上腕義手のセミナーがありました。

当初、今年は前腕一回、上腕一回の予定でしたが、義手よりもMAS(大腿ソケット)のほうが大事だ、というトップの意見で前腕プラス上腕義手を一回、後半の上腕の予定をMASに変更しました。その後義手の受講希望者が多くて義手のセミナーが再復活、今回のセミナーとなりました。

年初に計画を立てますが、その通りにことは進まないものです。

また、上腕義手のモデルさんが見つからず、参加者が実習できない、ということで前腕義手をメインに上腕義手はデモ(実演して見せるだけ)だけとなりました。

ということで今回は7月に行われたセミナーとほぼ同じ内容ですることとなりました。が、途中モデルさんの1人が用事があるから帰る、と言い出したり、調整が大変でしたが何とか終えることが出来ました。

Casting070917_4

この写真は、前腕義手の採型風景です。今回も前回同様14名の参加者でした。

Final_check070920

この写真は、最後のチェック風景です。すべての参加者が義手を操作させるところまでたどり着くことが出来ました。特に、断端長8センチ以下というとても難しいケースもありましたが、そのケースを担当した2グループともうまくあわせることが出来てほっとしました。なにせ、前回はまったくうまく合わせられず、途中から私が試作したソケットを代用して義手を組み上げねばなりませんでした。

Fitting_th090921b

この写真は、上腕のデモ風景です。わがプロジェクトリーダーのKさんがソケットのチェックを説明しています。

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2007/09/01

5回目のMASセミナーが終わりました

今週8/27月曜から今日8/31金曜まで行われていたMASセミナーが終わりました。

今回は5回目ということもあって?財団に製作研修に来ていた義足製作経験の少ないテクニシャン6名も加わり、他のテクニシャンとの差が心配されましたが、結果的には最終日までなんとか全員たどり着き、前4回と比べても比較的いい結果でした。

中には、ほとんど手伝わなくてもそこそこいいソケットを作ったテクニシャンもいて、感心しました。

時間の都合で、リアルタイムのデモは一切せず、マルロー氏が実際に採型修正しているビデオを見せてターチャイ先生が解説するのみにしました。何人かの参加者は製作の時間が足りないと訴えていましたが、一回から三回までは、今回の日程よりさらにぎゅうぎゅうの日程で今回よりはるかに少ない製作時間で課題をこなさなければなりませんでした。

今回、割と出来がよかったのは、製作時間に余裕があったからだと推測しています。

さて、今回MASで気付いたこと。それは、第一人者のマルロー氏の手法と、その後理論付けされたMASセミナーでの説明にはだいぶ相違があるということ。

だから、MASのことを学ぶ場合、先にマルロー氏の手法をベースとして、補足的に理解するためにMASの理論を学ばないと、MASの理論どおりに製作しようとするとまったく合わないソケットに変わってしまう。

マルロー氏の修正を見ると、トップ面は特異だが、その他はまったくオーソドックスである。だからこのトップ面だけを目標の形に作っていくようにするとうまく行くように思う。

なんていって、自分で作っていて一度もうまく行ったためしがないというのが正直なところ。

セミナーでは、参加者の採型モデルの修正をいろいろ手伝ってそこそこ合うソケットにしているが、実は、MASの難しいところは、その「そこそこ」から「ぴったり」までにするところにある。「そこそこ」から改良しようと触ると触るほど悪くなっていったりするのだ。

いわゆる泥沼にはまる、というやつだ。

日本のある義肢装具学校の先生から聞くところによると、日本でのMASセミナーでは、マルロー氏は6回も作り直してセミナー用のソケットを製作したという。MASは、欧米人のような軟部組織(筋肉やぜい肉)の豊富な断端には向いているが、日本人のような軟部組織の少ない断端には不向きであろうとのこと。

まだまだピンと来ないことが多くてもっと場数を踏まないといけないな、と思う。

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2007/08/20

ソンクラーモバイルから帰りました

昨日、無事にタイ南部のソンクラーという市で行われたモバイルユニット(遠隔地におもむいて大量義足製作)から戻りました。

チェンマイから約1500キロ、これを車で片道二日(のべ24時間)かけての移動です。文章にすると大変そうですが、タイの道はハイウエーといってほぼ直線で信号のほとんどない2-3車線の新しい道なので平均時速100キロくらいで走れますし、タイ人が運転しますので自分で運転する必要がない分楽です。

それでも今回はいつもは5人乗り(5人が快適)のところを6人で行ったのでその分窮屈でしたが、体のほうもすぐになれました。

タイの南部は、イスラム教過激派と治安部隊とが以前より小競り合いを繰り返し、最近はイスラム教過激派のテロが頻発しているところですが、タイ人の誰に聞いてもソンクラーは大丈夫とのこと。また、よくニュースなどで名前が出てくる最南部三県においてもそこ出身のタイ人からすると、危ないところは限定されているらしい。

さて、今回のモバイルは、前回同様指導役として参加したのと、今年になってから導入したMASソケット(新型)が製作に時間がかかるということで従前のソケットにもどしたことで、製作者の負担が軽減し、私たちも特に指導することもなく、だいぶ身体的にも楽でした。

従来式のソケットを製作している分には、タイ人技術者はおしなべて製作が手早く、さっさ、さっさと片付けていきます。適合に関してはだいぶ個人差が出てうまい人とそうでない人との差があるのですが、たとえば今回の場合、5日間で3人、多い時なら4人分作らなくてはなりませんから、丁寧な適合など出来るはずもありません。時間がないながら良くがんばって作っているな、と思います。

恥ずかしながら、自分なら彼らと同じペースで作れるのかな?と思います。

日曜に戻り、この日はタイでは暫定政府が作った憲法草案の国民投票日。今日月曜は、その振り替え休日らしい。おかげて部屋でのんびり疲れを癒すことが出来た。

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2007/07/20

前腕義手のセミナーが終わりました

今週16日の月曜から始まった前腕義手(プラス上腕を少々)のセミナーが今日20の金曜日に無事終了しました。

 プラス上腕を少々、というのは、5日で前腕・上腕両方はどうしても時間が足りなくて、患者さんに協力してもらいやすい(患者数が多い)前腕メインで残りの時間を上腕に当てるので、上腕に関しては一通り参加者が実習することが出来ません。

いつものことですが、セミナーが終わった金曜日が一番爽快ですねー。「ランナーズハイ」というやつでしょうか。

昨年同様のセミナーを開いていたので、今回はだいぶ楽でした。前回は、両側切断の患者さん2名だけしか協力してもらえませんでしたが、今回は、両側切断2名を含めて5名の患者さんが協力してくれて、前回よりさらにパワーアップしたなあ、と1人自己満足かもしれませんが感じています。

それで、今回準備してて、しみじみと昨年の準備の時の大変さを思い出しました。ちょうど今年度の予算申請時期と重なり、初めてのセミナーの準備に予算申請書の作成が加わって連日9時過ぎまで働く羽目になり、土日もほとんど出ずっぱりの日がほぼ一ヶ月続きました。

日本の方からすると「俺なんか日付が変わるまでやっとる」と怒られそうですがなぜかこちらで日本のペースで仕事をすると体が持ちません。単なる年のせいなのか、からだがタイ化(退化ではなく)したのかもしれませんが・・・

それで、続きですが、その予算申請も結局、今までの会計がわからないと予算が立てられないわけで、前任者が作った会計報告書をひっくり返して見なくてはならなからったりで、時間だけから回りしてあせりまくり、また、まったく初めての経験が重なり、精神的にもだいぶ追い込まれて、その当時の写真は、すっかりげっそりやせてます(^_^;)

それに加えて、日本でも、いや、世界的に義手というのは数が少なく、また、上腕と前腕をたった5日でするという無茶な予定を前任者が置き土産として去っていき(前任者はできる方なので彼なら出来たのでしょうが)私も経験がほとんどないのに、知識を色々集めてセミナーをしなくてはならなくて、こちらもまたたいへんストレスフルでした。

そんな中で、怒涛のように時間は流れ、セミナー当日まで押し流され、あれよあれよという間にセミナーは終わり、振り返ってみると、相当あせって準備したにもかかわらず、とてもうまくいって、正直言って今回のセミナーよりよっぽど去年のほうが出来は良かったです。

だからこれは神様が相当助けてくれたんだなーと、心から思わされました。

神様ありがとねー。

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2007/06/04

日本に帰ってきました

5/24から6/3まで日本に一時帰国しておりました。

Blogjapo1 この写真は、昨年開港したバンコク新空港です。

前半は名古屋で開催された日本義肢装具士協会の学会に当財団代表のターチャイ先生と、タイ人技術者2名を連れて参加するために、また、その後松本義肢様と今仙技術研究所様のご好意で会社見学に行きました。その際に、元松本義肢様で働いていたNさんという方が私たちの案内役として、この見学や観光の際に手助けしてくださいました。Nさんどうもありがとう!

Blogjapo2 この写真は、鵜飼で有名な長良川を日本一古いお城である犬山城の天守閣から撮ったところ。

そして、タイ人3名を名古屋空港で見送りした後は、すぐ東京に移動し、今の仕事に関連した資料集めや、その道の達人に教えを請いに千葉から所沢まで都内を横断して行く羽目になり、日本でゆっくり過ごす計画は悲しくも消え去ってしまいました。おかげでタイにいてもなかなか知ることの出来ない色々参考になる情報を教えていただいたし、学会で発表されていたAGソケットの生みの親のAさんより直接AGソケットの採型・修正法について丸一日伝授していただき、本当に感謝なことでした。

Aさんはもちろんのこと、この臨時講習のために、急遽作業所を使わせてくださったTさんとその従業員のTさん、モデルとして休日を返上してお付き合いしてくださったNさんにもこの場を借りまして、再度感謝を申し上げます<m(__)m>

ちなみに、このAGソケット、純粋な国産の技法で、まずそこが気に入りました。技術立国日本なのに、わが義肢装具業界は依然舶来もんに負けております。何か新しい技術や部品は海外からやってくる、というのが通例となってしまっており、もとエンジニアの私としては、この業界に足を踏み入れてからというもの、その事実を悔しい思いで見てきました。がんばれ、日本!! このソケット、応援したいです。なんかこうやって書いてて、日本のロケットと合い重なるところがあるなあ、と気付きました。

Blogagsocket1 内側と後面が特徴的なAGソケット

また、前回のモバイルユニットから帰ってなんとたった中三日で日本への移動で、結局チェンマイに帰って週末を迎えるまで疲れが取れませんでした。やっぱ年だよな。

それに、ほとんど仕事以外の友人・知人と会う暇もなかったし、せっかく一年ぶりで帰ったのに日本での生活をもっと楽しみたかったなー。でも、hanaの実家に泊まってお義父さんに家庭料理や刺身、カレーライスなどご馳走になったのでその点では十分日本を満喫して帰ることが出来ました。

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2007/05/22

モバイルユニットでペナン島に行ってきました

(最初に、仕事関係の記事なので専門的な言葉が多いので勘弁してください)と、タイトルだけだとのんびり観光気分ですが、その実態は、なんと2000キロあまりを車で走破し、三日がかりでたどり着くという、日本ではあまり、いや、絶対しないほうほうで移動した末に仕事をしますから割と大変です。それでも車の運転はしなくていいので慣れてくると移動自体はそんなに疲れません。やはり、本番の製作が一番大変で汗びっしょりです。

今回はMASソケットに変更してからまだ二回目で、なれないことが多く、製作中にセミナーの実習をやっているような感じです。

なにが大変かって、今まで断端袋を装着して差し込み式だったのが、いきなり吸着式になったということ。それに加えて、ソケット形状が熟練を必要とされるものなので余計合わせるのに大変です。

また、タイの切断者は圧倒的に交通事故によるのが多いのに、マレーシアでは、日本と同じ糖尿病などの抹消循環障害が多く、これは何を意味しているかというと、断端の耐久性と切断者の年齢など、ソケット製作がタイに比べてはるかに難しいということです。

Blogpenang1

なにはともあれ、5月8日に出発し、モバイルも終わりみんなのお楽しみの観光も行き、またまた三日がかりで21日にやっとチェンマイに帰ってまいりました。モバイル史上最長の2週間ものモバイルです。

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